Kenken Japan World’s Diary

これから秘境の地(海外)へ挑む、誇れるあなたを創るための未来逆算日記

『閲覧注意』110万人が一箇所の「敷地」で『虐殺』されていた場所

こんにちは。
けんけんです。

 

 

今日は少し重い話をテーマにします。

 

 


アウシュビッツ収容所」についてです。

 

 

 

アウシュビッツ収容所は、

ドイツではなく、
ポーランドクラクフという都市から

バスで2、3時間ほど走った場所にあります。

 

 

 

 

 

アウシュビッツは、
一言で言うのであれば、

 


『大量のユダヤ人が虐殺された場所』

 

 

その数、110万人です。

 

 

110万人は、
「宮崎県の人口」と同じくらいあります。

 


宮崎県に住む人たち全員が
この収容所で殺されました。

 

 

 

 

誰がこんなにユダヤ人を
大量虐殺したか、

 

 

おそらく、

世界史で学んだ思いますが、
ドイツ人のヒトラー率いるナチスです。

 

 

ちなみにナチスっていうのは、
国家社会主義ドイツ労働者党
っていう政党です。

 

 

 

ここで気をつけて頂きたいのが、

ヒトラーだけが「加害者」ではないということです。

 

 

 

ヒトラーに関わった国、政府、民間、国民、

すべてが加害者でもあり、

被害者でもあり、罪人でもあります。

 

 

 

彼が首相に抜擢されてから、
僕たちのように平和に暮らしていた
多くのユダヤ人が辺境の地へ送られました。

 

 

 

窓も明かりもない小さな箱に

ぎゅうぎゅう詰めに押し込まれた列車が到着しました。

 

 

 

 

 

アウシュビッツ収容所に。

 

(動画では荒野になっていますが、

当時は建物が連なっていました。

ナチスは証拠隠密のために、

ほぼすべての建物を破壊しました。)

 

 

 

男女関係なく丸刈りにされ、

所有物、すべてを剥ぎ取られ

あたかも囚人かのように、

全員が同じ服を着せられました。

 

 

 

 

そして、

毎日、事務的に大勢のユダヤ人が

無理やりガス室に送られ、
そこで殺され、焼却されました。

 

 

ちなみにガス室で使用されたものは、
チクロンBです。

 

 

これ、いわゆる殺虫剤で使われる
農薬なんですが、毒ガスの機能もありました。

 

 

チクロンBが入った大量の缶があります。

 

 

大量の缶の形跡があるということは、

そうです、ご想像の通りです。

 

 

 

ちなみに、
この写真意外にも

殺人用で使われてたものが
たくさんあります。

 

 

 

そして、

芸術作品かのように飾られているこれ。

 

 

よーく目をこらすと、

砂のようなものが見えますよね。

 

 

これ、「人骨」です。

 

文字どおり、

人の骨を砕いて
粉状にしたものです。

 

 

おそらく、

当時の加害者の人たち(ナチス)は、

これを芸術としておいたのではなく、

 

 

お前もこうなりたくなければ、

せいぜい働くことだな

 

 

と裏側のメッセージがあったと思います。

 

 

 

そして、

この写真をみてください。

 

 


脂肪もなく、筋肉もなく、
やせ細り、皮しかない、

そんな少年たちです。

 

 

 

この身体になるまで、

彼らはこの残酷な収容所に閉じ込まれたのです。

 

 

 

全くご飯をたべず、
栄養のあるものが摂取できてない。

 

 

そんな日々を過ごしていました。

 

 

 

それもそのはずですよね。

 



 

1日にこの食事しか取れないのですから。

 

 

 

ちなみに、

1日の食事がこれ「のみ」です。

 

 

 

草で煮ったスープ(右にあるもの)

ジャガイモが入った野菜スープ(上にあるもの)
一切れのパンと小さなバター。

 

 

 

草もじゃがいも腐った

全く栄養がないスープ2杯、
カビが生えかけのパン。

 

 

 

毎日10時間の重労働をさせられます。

 

 

 

10時間いつ殺されるかわからない状態で
肉体労働をさせられ、重労働が終わり、
美味しいご飯かと思いきや、

 

 

パン一切れと2杯のスープ

 

 

普通では考えられないことを

この時代ではしてました。

 

 

 



このベット、
1人にしては以外と広い

と思いましたよね。

 

 

これ、

実は1人用ではないです。

 

 

4人』用です。

 

 

4人以上が体を

ぎゅうぎゅうにしながら寝ています。

 

 

シャワーも入れず、
重労働で汗をかきながら就寝します。

 

 

 

想像してみてください。

 

 

 

10時間労働して疲れ果て、
夕食には1枚のパンと腐ったスープ。

 


寝る時は、

汗だくでお風呂も入れない、
知らない人とぎゅうぎゅう詰めで寝る。

 

 

お腹も減って、汗もかいて、
身体も臭くて、

奴隷のような罪人のような扱いをうける。

 

 

 

あなたは想像できますでしょうか。

 

 

この残酷な状況から、

生きる希望を失い、
」という感情も失われ、

光も閉ざされた牢屋。

 



当時のナチスは、

こんな残酷なことをしていました。



同じ人間で地球人なのにもかかわらず、
こんな残酷で極悪なことをやってました。

 

 

 

 

 

おそらく、

この写真は有名だと思います。

 


お花が置いてある壁ですが、

この場所は、罪人、奴隷と

認知されていた人が銃殺された場所です。

 

働けない者、罪を犯した者、

なんらかの迷惑行為をした者、
みんなここで銃殺されました。

 

 

だから、この壁には

いたるところにドス黒い血の跡が

染み込まれていました。

 

 

僕は初めて自分の目で見たときに、

鳥肌がたちました。

 


急に寒気がしました。
急に泣きそうなりました。

 

 

以外とポジティブで
心が毎日晴れのような心の僕ですが

 

 

この場所に来た時、
気分は急に景色がどす黒くなり

あたり一面が真っ黒になっていきました。

 

 


本当です。マジです。

 

 

 

ぜひ自分の五感で、確かめてみてください。

 

 

 

 

 

遠くから撮った写真です。

 

建物に囲まれてますよね。
それもそのはず。

 

 

他の労働者に、

見せないようにするためです。

 

 

労働中に誰かが壁の前で
銃殺されるのをみたら、
精神崩壊しますから。

 

 

 

労働者にみられないように
ここで何十万の人を殺したんです。

 

 

こんなことを同じ人間がしたのです。

 

 

 

 

僕は

 

「時代」「被害者」「加害者」「地球人」「人間」

 

という言葉を使いました。

 

 

果たしてこの惨劇を他人事のように

受け入れていいのでしょうか。

 

 

 

もし、この時代に、この場所で、

僕たちが存在していたらと考えると、

果たして他人事として捉えていいのでしょうか。

 

 

 

自分たちが加害者、

被害者になっていたのではないでしょうか。

 

 

 

 

僕たちはとても平和な場所で生まれました。

 

 

今の与えられた場所にも、

周りにいる相手にも、

自由な発想をできる自分にも

もっと感謝するべきだと思います。

 

 

 

殺されることのない場所、

何かあったら助けてくれる家族、友人、親友

美味しいご飯、暖かい洋服、

ふかふかなベッド、

 

「自由」が授かっている僕たち。

 

 

より、今に感謝するべきだと僕は思いました。

 

 

そして、

その気持ちは、自分が海外にいようが、

日本にいようが持つべきだと思いました。

 

 

 

さらに、

地球人だからこそ、

国籍関係なく、

年齢関係なく、

性別関係なく、

身分関係なく、

「平等」でみる心が大事だと思いました。

 

 

 

僕たちは、歴史が過去に犯した過ちを他人事のように感じてはいけない。

 

 

常に自分ごととして捉え、

周りにも、子供たちにも、

次の世代にも語り継ぐべきだと僕は思いました。

 

 

 

今日は少し重い記事で恐縮ですが、

ぜひ自分ごとのようにぜひ考えてみてください;)

 

 

 

そして、

共感していただけたら、

ぜひいいね、コメントをしていただけると嬉しいです。

 

 

 

僕もみなさんの思っていることを聞きたいですから;)

 

 

 

ちなみに、
ユダヤ人に関連して、
アンネの日記』についても
記事を書く予定です。

 

 

実際にオランダの
アンネの隠れ家に行き、
本物のアンネの日記
目でみました。

 

 

思っていたよりも
保存が綺麗で
びっくりしました。

 

 

興味がある方は是非楽しみにしてください;)

 

 

➖➖おすすめ記事➖➖

 

 

けんけんのプロフィールはこちら
(3分くらいで読めるのでぜひぜひ;))

👇👇👇

 

kenken-world.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

僕たち、大人が『道徳』を学べば学ぶほど、僕たちのまわりは「満面の笑顔」で包まれる。

こんにちは。

けんけんです。

 

 

僕たちの小さな世界(日本)は、安心、安全、安定に包まれています。

 

 

良い学校に行って、良い会社に入って、良い家族ができて、

良い車を買って、良い家を買って、

良い子供たちに恵まれ、良い周りの人たちにお別れを告げる。

 

 

 

そんな理想の世界を僕たちは夢見て、

学業に励んで、仕事を勤しんでいます。

 

 

 

僕もそんな夢を見て学業に励み、外交官という地位をいただき、

このまま安泰、安楽、安穏で過ごしていくんだろうと思っていました。

 

 

 

しかし、そんな理想は『幻想』に変わっていきました。

 

 

 

地位の高いものは、利己的な活動をし

「お金」だけを追い求め、

「欲望」というどす黒い膜(エゴ)で身体を覆っていました。

 

 

 

これが大人の世界だよ

 

 

 

そこで認めていいのでしょうか。

それが常識だと思っていいのでしょうか。

それは人としての『自然法則』を無視していないのでしょうか。

 

 

僕たち、とても豊かなで素晴らしい先進国に生まれた日本人だからこそ、

自然法則」という名の『道徳』を学ぶ必要があると僕は思います。

 

 

それは、

地球上で生きる僕たちの責任でもありますし、

義務でもありますし、使命でもあると僕は思います。

 

 

 

今日はそんな『道徳』についてお話しします。

 

 

 

 

 

 

 

 

➖➖僕たちが習ってきた偽りの道徳➖➖

 

 

僕たちは、「道徳」という科目を

5日間の授業の中で2時間学びました。

 

 

そこでの授業は、

「思いやり」「尊重」「協力」「感謝」など、

道徳の授業で取り上げたかと思います。

 

 

人に優しく、思いやりを持ち、人を許すことが大事

 

 

自分と自分の心のつながり、

自分と他者の関係性、

自分と社会の関わり方、

 

 

などを学びました。

 

 

 

確かに、相手目線でものを考えること、

自分の取り巻く環境目線でものを考えることはとても大事です。

 

 

そこには、協力、協調、団結があるからです。

 

 

十人十色、多くの人が一致団結して、

戦後の日本をかつてはGDP2位まで昇りあげたのも事実です。

 

 

しかし、

 

 

自己について、

「生と死」について、

世界と現在について、

 

 

学んだ覚えはあるでしょうか。

 

 

そして、

その意見を机の「隣の人、前の人、後ろの人」と議論したことはあるでしょうか?

 

 

 

 

どーしても他者視点がある前提で

「〇〇のために」という

「偽りの正義」が刷り込まれたのが日本の道徳だと、

僕は思います。

 

 

 

そこで起きたのが、

 

議論をすることを避ける「偽りの言葉」

他者を尊重しすぎる「偽りの思いやり」

無意識に負の連鎖を引き起こす「偽りの忍耐力」

 

 

如実に現代社会で起きているかと思います。

 

 

 

『日本の道徳は悪い!!』

 

 

と声高々らに言っていません。

 

 

しかし、

 

 

「自己について、世界について、

そこから視える生と死について、

もっと地球規模で視点を持っていこう」

 

 

ってことを僕は言いたいです。

 

 

その視点を顕在的に持つことこそが、

世界からモラル、リテラシーが高いと

評されている日本人が目指すべきステージだと僕は思います。

 

 

 

 

 

➖➖3歳から道徳を学んでいるフランス➖➖

 

 

フランスでは、

3歳のこどもの頃から「道徳」を学んでいます。

 

 

「自由とは?生とは?死とは?

愛とは?幸せとは?貧困とは?

自己と他者の関わり方とは?」

 

 

哲学のような道徳を、

自分を一人の人間としての

学び』の場があるのです。

 

 

そして、

自分なりの答えを机の

「隣の人、前の人、後ろの人」と議論するのです。

 

 

『一人の大人』として。

 

 

答えがない問題を考え、自分なりの意見を持ち、

発言することが学校で習うフランスの教育なのです。

 

 

 

だから、フランスには、

 

 

我思う、ゆえに我あり」を残したデカルト

 

「 人間は考える葦(あし)である」を残したパスカル

 

「 『人間不平等起源論』や『社会起源論』」を唱えたルソー

 

 

などの偉人が今もなお、世界的に語り継がれているのです。

 

 

 

 

 

 

➖➖宗教という名の道徳➖➖

 

 

 

では、世界はどうでしょうか?

 

 

世界の国々は、

どうやって「道徳」を学んでいるのでしょうか?

 

 

彼らは『宗教』から学んでいます。

 

 

キリスト教であれば『聖書

イスラム教であれば『コーラン

仏教であれば『仏典

 

 

これらの書物、

世代によって語り継がれる「言葉」が受け継がれ、

この地に生を与えられてから自然と、親から子へ、

宗教という『道徳、哲学、倫理学』を学んでいくのです。

 

 

 

そして、

その「道徳」は大人になっても、

日常の『1つ』として自然と

「身体」と「心」の中に染み込まれていくのです。

 

 

それが、

毎週日曜日に教会にお祈りをしたり、

1日5回、聖地メッカの方にお祈りをしたり、

座禅やお経を唱えてお祈りです。

 

 

 

それは、

自分の心と対話する」というお祈りでもあるのです。

 

 

 

イスラム教を熱く信仰している

サウジアラビアのリヤドという首都に出張に行った際、

現地の取引先相手、運転手、

企業の職員などイスラム教徒の方々、全員が揃って、

 

 

お祈りの時間は、神や家族、友人、自分の『生』に感謝をする貴重な時間だ

 

 

と口を揃えて言ってました。

 

 

 

宗教は、老若男女関係なく自然と「道徳」を学べる環境にあるのです。

 

 

 

 

➖➖さて、僕たちの道徳は?➖➖

 

 

 

 

僕たちが学んだ道徳の時間は、どれくらいでしょうか。

 

 

ちゃんと考えたのは、幼少期の頃だけですよね。

 

 

年齢を積み重ねることによって、

それよりも大事だと思っている「こと」を

優先にしまっているのではないでしょうか。

 

 

それは目に見える「モノ」だったり、

もしくは目に見えない「コト」だったり。

 

 

その「モノ」や「コト」が僕たちの内なる心を

閉ざしていっているのではないでしょうか。

 

 

『等身大で素直な心』を、

僕たち、大人が取り戻すべきなのではないでしょうか。

 

 

それこそが、日常生活、学業、仕事、人間関係、

家族関係をよりよくする『鍵』だと僕は思います。

 


社会の雲行きが怪しくなっている時に、

繊細で美学意識が高い日本人だからこそ、

その『鍵』を取り戻す必要があると僕は強く思います。

 

 

 

そして、

その鍵の在り処を導いてくれる

「ヒント」を潜在的に出してくれる人が、

赤原士郎さんという日本人の方です。

 

 

 

僕は赤原士郎さんという、

人があるべき『哲学』『美学』を日本に、世界に、

良い連鎖を創りだしている彼の思考に、

思想に、信念に、心を打たれるものがありました。

 

 

 

 

➖➖赤原士郎さんという人物➖➖

 

 

 

 

 

動画を見て頂ける通り、

かなり濃い人生を過ごしている人です 笑

 

 

僕がなぜ赤原士郎さんをここで紹介しようと思ったかというと、

彼が思いを馳せている、

 

 

『子どもにも友人にも周りにも誇れるアートと呼べる人生』

『人生の信念、理念、美学を大事にした生き方』

『次の世代に残せる自分の生き様、創り上げる世界』

 

 

という熱い想いに胸を打たれ共感したからです。

 

 

作られた社会の『闇』を知ったからこそ

社会に『幸せの連鎖」を起こし、

『愛』のある活動をしています。

 

 

そして、

赤原さんの現在の活動が世界的に評され、

国連の大学でスピーチの依頼がきたり、

「〇〇大陸」から声がかかったり、

イタリア王家に勲章をもらったするなど、

 

信念、理念、美学、道徳を大事にした生き方が

顕著に出ているのがわかります。

 

 

 

彼のアートと呼べる人生、

プロの大人として、

人生の『道徳』を僕たちは学ぶ必要が

あるのではないかと思います。

 

 

 

ここではほんのすこししか赤原さんを紹介しませんでしたが、

赤原さんの人生観、哲学観、道徳観をより知りたい人がいましたら、

『アートと呼べる誇れる人生のメール講座』と『ブログ』があるので

きになる人は是非是非;)

 

 

『アートと呼べる誇れる人生のメール講座』

👇👇👇

 

 

 

『赤原さんブログ』

👇👇👇

 

 

 

 

➖➖僕たちが目指すべきところ➖➖

 

 

 

僕たちは「大人の世界」に地に足をつけています。

 

 

人生100年時代と言われ、

医療も医学も進歩するにつれて、

僕たちの生命の時間は伸びていっています。

 

 

つまり『生の時間』が増えています。

 

 

この貴重な時間を是非相手のためではなく、

自分の時間にも使ってみましょう。

 

 

自分の道徳観、哲学観、倫理観に触れてみましょう。

 

 

おそらくそれは、

今後の『未来の時間』を豊かにしていくと思います。

 

 

僕は思考レベルも魂レベルもまだまだ未熟です。

 

 

学ぶべきことも、知るべきことも、

受け入れるべきこともこれからも出てきます。

 

 

その中で感謝の心を忘れずに、

等身大の自分で進んでいきたいと思います。

 

 

 

あなたの貴重な時間を頂いてありがとうございます!

 

 

これからもどうぞよろしくおねがいいたします。

 

 

 

 

赤腹さんの日常をキャンバスとして、

人生をアートと呼べる生き方はこちらにあります;)

ぜひぜひ!!

 

『アートと呼べる誇れる人生のメール講座』

👇👇👇

 

 

 

『赤原さんブログ』

👇👇👇

 

 

 

 

 

➖➖おすすめ記事➖➖

 

けんけんのプロフィールはこちら
(3分くらいで読めるのでぜひぜひ;))

👇👇👇

 

kenken-world.hatenablog.com

 

 

 

 

 

読んで頂きありがとうございます!
ブログ村、応援して頂けると嬉しいです;)

👇👇👇

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
にほんブログ村

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ日本人は英語が苦手なのか?」言語学からみる『英語』と『日本語』

 

こんにちは。

けんけんです。

 

 

今日はノウハウチックなお話をしたいと思います。

 

 

多くの方が日本人の英語能力はあまり高くない、と思っています。

 

 

現に僕が海外で留学、勤務、旅行をしていた時に、

結構高い確率で日本人が英語に悩まされているのを見てきました。。

(僕もその一人だったんですが、、)

 

 

 

しかし、

周りを見渡せば、中国人、タイ人、インドネシア人は、

流暢に英語を話せていたのを目の当たりにしました。

 

 

 

人口数、教育制度が関係しているのはもちろんありますが、

僕はそれ以前に『根本の言語に関係している』んじゃないか、

と思いました。

 

 

 

そして、

言語学』を調べたところ、

やはり関係しているものがあったのです。

 

 

そして、

自分の過去の経験と照らし合わせてみても、

納得するところが多々ありました。



 

結論から言いますと、

世界には約6900言語あると言われていますが、

それらのとても多い言語の『文法』『発音』『文字』に関しては、

全体的に言って

 

 

『文法=3種類』『発音=3種類』『文字=2種類』

 

 

しか分けられていないのです。

英語も日本語も中国語もフランス語もイタリア語もスペイン語も数多くの言語がありますが、たったの3種類の文法と3種類の発音と2種類の文字しか分けられていないんですね。

 

 

 

そう考えると必然と文法、発音が似ている同士の言語は扱いやすく、

似ていない言語同士を扱うのは、難しく考えられます。

 

 

 

今回は、

その言語学からみた『文法』『発音』『文字』を中心に、

なぜ日本人は『英語が苦手なのか?』について話そうと思います。

 

 

 

この記事を読むことで、

 

言語をただの『言語』としてみるのではなく、

言語から学べるその国の歴史的、文化的背景を視れる視点を持つことができ、

日本語と英語を良い意味で『分けられる』ことができます。

 

 

そして、

日本人が英語に対しての『恥』は、

「非常識」ということも実感すると思うので、

ぜひinterestingの方の「面白さ」でみていただけると嬉しいです;)

 

 

 

 

では、まず世界の言語にある「文法」からお話しします。

 

 

 

 

➖➖文法➖➖

 

 

 

皆さんもご存知の通り、

文法は言語の「核」となる場所でかなり大事です。

 

 

文法が全く異なると、

相手への伝わり方も違った方向に受けとられるので、

相手との意思疎通をより図るのであれば、

ある程度の文法はとても大事になってきます。

 

 

 

文法の分類の仕方は色々あると思いますが、

一般に世界の言語は、以下の3つに大別されると言われています。

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

屈折語(inflective language)

孤立語(isolating language)

膠着語(agglutinative language)

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

「五文型」的に大まかに文章構造を言いますと、

 

①と②が英語のような『SVO』式の構造で、

 

I play the tennis

(私は)→(する)→(テニスを)

 

 

③が日本語のような『SOV』式の構造は、

 

(私は)→(テニスを)→(する)

 

 

というように分類されています。

 

 

 

①と②の違いは、

あまり大差ありませんが要は

動詞の部分(V)や名詞の部分(O)が変形するか、

変形しないかのちょっとした違いです。

 

 

つまり、文章の構造は実質、「2つ」しかないんですね。

 

 

もう少し具体的に、①、②、③を詳しく見ると、

 

 

①の屈折語は、『SVO式』で語が変化する(go→goes等)もので、

英語を含み欧米言語が主体です。

 

 

②の孤立語は『SVO式』で語が変化しないもので、

主に中華圏の言語(中国語及びタイ語ベトナム語インドシナの言語)です。

 

 

「孤立」とは、

それぞれの「完結した語」が独立しても意味を持っていることを言います。

 

例えば、

 

 

我 愛 你

(私は)→(愛してます)→(あなたを)

 

 

これも一つ一つの語に意味がありますよね。

 

 

つまり、この「語」をただ文法のSVO式に置き換えるだけで意味が成り立つのです。

 

 

中国語には英語のような「三人称単数」「複数名詞」という規則がないのも納得つきます。

 

 

中国人の英語あるある、で

彼らが動詞の「s」をつけ忘れたり、

複数名詞にし忘れるのもこれがあるからです 笑

 

 

 

③の膠着語はSOV式で、

英語とみてみると、「glue(のり)」っぽいものが見て取れることから、

助詞(日本語で言う、てにをは)が「膠」(にかわ)のように各語をくっ付いています。

 

 

これは、東洋のシルクロード周辺・延長に多く見られる言語で、

トルコ語ベンガル語モンゴル語・韓国語・日本語等があります。

 

 

 

 

これらを見てわかる通り、

冒頭で話した中国人、タイ人、インドネシア人は、

英語が上手な人たちがたくさんいることも理にかなっていますよね。

 

 

 

一方で、

日本語・韓国語は、「③の言語」に属しているので、

文法の観点からみると、日本人が韓国語を簡単だと思うように、

韓国人も日本語を他の外国人よりも簡単だと思うのです。

 

 

 

 

このように、

世界の言語は、文法を大きく分けて3種類しかないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

➖➖発音➖➖

 

 

 

これは学術的にそうはっきり論じられてませんが、

僕の知り合いのアメリカ人・イギリス人英語講師によると、

発音の体系は以下の3つに大別されます。

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

① アクセント言語(accent language)

② 声調言語(tonal language)

③ 平坦言語(flat language)

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

①のアクセント言語は、

英語などアクセントがあるものです。

 

 

②の声調言語は、

アクセントもあり、トーンにも「高低」があります。

代表的には中国の例の4つの声調です。

 

 

「マー、マー、マー、マー」は、

とても有名ですよね。

 

 

ちなみに、

タイ語もそうで、5つあります

(このため、聞いた感じが中国語と似ていますよね。)

 

 

③の平坦言語は、

日本語等なべて抑揚が少ないものを示します。

 

 

欧米言語は概して①であり、

中華圏(中国 + インドシナ)の言語は、概して②であるため、

大雑把に文法の分類と対応していています。

 

 

 

 

実際、中国人がタイ語を勉強するととても速く上達するのもこれが理由です、

その逆も然り。

 

 

 

中国語とタイ語は、

「大タイ語」という中間地点の言語が起源だとされる説があり、

項羽と劉邦」の楚(中国南方)では、

当時今のタイ語に近いものが話されていたそうです。

 

 

 

だから、

中国人とタイ人は『声がでかい!』という共通点があるのもわかります 笑

 

 

それは、音にアクセントもあり、トーンもバリーエーションが多いからですね。

 

 

また、

なぜ、日本人が英語の発音を難しいと思うかというと、

 

1つ目は、英語には音に「抑揚」がありますが、

日本語には音に「抑揚」があまりないのがあるのと、

 

 

2つ目は、英語は、単語が「子音」で終わるか、

もしくは「母音」で終わるか、の違いがありますが、

 

日本語は、ほとんどの単語が「母音」で終わります。

 

 

例えば、

「bread 」という語で考えると、

英語話者は、「bread 」の「d」は子音で終わるのに対して、

日本人は、「bread」の「d」を、「ドォ」の「ォ」の母音で終わります。

 

 

言語学から考えてみても、

日本人が英語の発音に苦戦するのはわかりますよね;)

 

 

 

ちなみに、

フィリピン人が日本語を話すのが比較的うまいのは、

タガログ語スペイン語をベースにしており、

発音体系が日本語と似ているからです。

 

 

 

 

➖➖文字➖➖

 
 
 

世界の言語の文字表記体系は、

大別して以下の2つに分類できます:

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

表意文字(ideogram character)

表音文字(phonemic character)

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

1の表意文字は、

文字自体に意味があるもので、

古代では「象形文字」などがあり、

現代では代表的には『漢字』です。

 

 

現代では、

漢字の中国語と日本語が造形文字になっています。

 

 

「鳥」という字はトリの形から来ており、

この字単独でトリを意味するように、

あるモノがそのまま「文字」となったものです。

 

 

2の表音文字は、

現在世界の多くの言語の主流で、

代表的にはアルファベットです。

 

 

「bird」という文字同士が集まれば、

トリという意味になりますが、

bなり個々の文字には意味がありません。

 

 

しかし、

表音文字では、何文字か集まってある特定の意味を示す「パーツ」を合体させると、

表意文字のような働きをすることがあります。

 

 

例えば、

「cap」というパーツは(抽象的に)「頭」を意味し、

 

「cap」  → キャップ(帽子)、

「captain」→ キャプテン(チームメンバーのヘッド

「capital」 → 首都・大文字・資本(中心となるものヘッド

 

 

 

「under」というパーツは「下に」を意味し、

 

「understand」   → 理解する(下に立つことから、心の奥下に筋道を立てるイメージ)

「underline」    → 下線、強調する(下にかく線のイメージ)

「underground」→ 地下の(下にある土地のイメージ)

 
 
 
 
単語を覚える時に、
文字の「パーツ」が持つ語源を理解していれば、
その単語がたとえわからなくても、
それに合うような意味のイメージをすることができるので、
愉しく覚えられますよね;)
 
 
 
 

➖➖まとめ➖➖

 
以上、
「文法」「発音」「文字」を中心的にお話ししました。
 
 
言語学を学ぶことで、
国が違えど、言語の特徴が同じであれば、
その国同士が過去に何か関わりがあるんじゃないか、
と推測することができます。
 
 
そして、
その視点は「言語」だけでなく、
その国の「文化」「歴史」もセットで学べることがあるので、
違った各分野の学習でも、
パラダイムシフトかのように類似することがあります。
 
 
 
また、
「英語」と「日本語」がいかに語源的に視て、
異なることがわかりましたよね。
 
 
 
多くの日本人が「英語を難しい!」というのは、
それは『日本語で英語を考えている』から、
英語が日本人にとって難しいと感じるのです。
 
 
ようは、
日本語の概念と英語の概念を網目のように一緒に考えているから苦戦するのです。
 
 
根本が違うので、
日本語と英語に境界線を引いて、
考えたほうがより英語の理解度が上がりますし、
気持ち的にも楽になることができます。
 
 
それが巷でいう「日本語脳」と「英語脳」というやつです。
 
 
自分で踏ん切りをつけて、
「日本語と英語は、言語形態が違うんだ!」と感じれば、
 
 
自ずと、
英語のスピーキング練習、
発音練習に「恥」を持たなくなり、
『失敗上等!』精神で取り組むと思います。
 
 
 
以上、
ノウハウチックな記事になりましたが、
言語関係(特に英語)で何か要望あれば、
記事にしますのでお待ちしております;)
 
 
 
 
ぜひ、
ブログのフォローやお友達登録、
いいね、コメントもしていただけたら嬉しいです;)
 
 
ではでは!
 

 

 

 

 

➖➖おすすめ記事➖➖

 

 

才能に乏しかった少年は、

どうやって夢を叶えることができたのか?

才能だけじゃ夢は叶えらない。

ぜひぜひ;)

👇👇👇

kenken-world.hatenablog.com

 

 

けんけんのプロフィールはこちら
3分くらいで読めるのでぜひぜひ;))

👇👇👇 

kenken-world.hatenablog.com

 

 

 

 

読んで頂きありがとうございます!
ブログ村、応援して頂けると嬉しいです;)

👇👇👇

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
にほんブログ村

 

 

 

 

『常識』と『マネ』と『変化』 ‖ 葛飾北斎から影響を受ける世界の芸術家たち

こんにちは。

けんけんです。

 

 

みなさん、葛飾北斎はご存知ですか?

 

 

多くの方々があの「浮世絵」でご存知ですよね。

 

 

そして、

とても多くの有名な作品をこの世に残していますよね。

 

 

例えば、

富嶽三十六景シリーズだったり、

 

 

 

 

または諸国滝廻りシリーズだったり、

 

 

 

 

そして、

絵本シリーズだったり、

 

 

 

 

多くの絵画を築き上げてきました。

 

 

 

そして、

歴史、芸術に詳しい方は、

葛飾北斎とフランスの芸術文化が

深く繋がりがあることはご存知かと思います。

 

 

 

 

今回は、

葛飾北斎がフランスの近代文化、

世界の画家たちにどのように影響を起こしたのか、

 

 

そして、

フランスの文化から、

今もなお世界で知られている画家たちから

僕たちは何を学んで、日常に落とし込むのか、

 

 

 

そんな話をします。

 

 

 

日本文化のこと、

フランス文化のこと、

日常のアンテナのはりかた、

 

 

これからについて学ぶきっかけになれたら嬉しいです;)

 

 

 

 

ちなみに、

葛飾北斎を一言でいうと、

 

 

ヘンタイです 笑

 

 

アートのヘンタイです笑

 

 

そして、彼の娘、

葛飾応為もヘンタイです 笑

 

 

 

彼らのことはこの記事では省略しますが、

近いうちに彼らについて書くかもしれません。

 

 

彼らの生涯、というか、

葛飾北斎は常に上を目指し続けた男なので、

ド職人気質な人の一生涯、

とても勉強になりますので;)

 

 

多分、彼の生涯に共感できる人、できない人、

極端に分かれると思います。

 

 

僕はまぁまぁ、共感できる方でした 笑

 

 

 

話は逸れましたが、始めます 笑

 

 

 

〜〜目次〜〜
葛飾北斎とフランスの印象派
フランスの近代文化の影響
近代文化と僕たちの現在(いま)
フランス画家も僕たちも結局は同じ
おすすめ記事

 

 

 

➖➖葛飾北斎とフランスの印象派➖➖

 

18世紀、

イギリスの産業革命後、

ヨーロッパ全域で近代化が進み、

フランスの芸術文化もその一つでした。

 

 

フランスで1867年、

第2回パリ万博が開催され、

世界中のアート作品がパリに勢揃いしました。

 

 

 

もちろん、当時江戸だった、日本も万博に参加して、

日本の独特な芸術作品も多数参戦しました。

 

 

 

そこで日本の芸術ブースで、

多くの画家、貴族、平民が声を揃えて賞賛しました。

 

 

 

『Wow!!ジャポネーゼ!!!』

 

 

 

それが『浮世絵』です。

 

 

 

その大勢の中でも特に感銘を受けた人たちがいました。

 

 

それが、

エドゥアール・マネクロード・モネ

ルノワールゴッホなどの印象派の画家たちです。

 

 

 

彼らは、

浮世絵という独特なアートに驚愕したのです。

 

 

 

遠隔法を完全に無視した、物体をはっきり描く技法、

自由奔放でルーツに縛られない構図、

木版画で多色刷りを使用した錦絵、

庶民、風景、物体(花)などが描かれている「非常識」さ

 

 

 

すべての『常識』が覆されました。

 

 

 

伝統を重んじてきた「固定概念」が

一気に吹き飛ばされました。

 

 

 

それから、

高貴なものと認識されていたアートが、

他国では貴族だろうが、平民だろうがお構いなし、

自己を表現する絵画になっていました。

 

 

 

 

 

『常識』から『非常識』の道を進む時がきました。

 

 

 

➖➖フランスの近代文化の影響➖➖

 

フランスの巨匠、

エドゥアール・マネクロード・モネ

ルノワールゴッホなどの「非常識」人は、

 

 

すぐさま葛飾北斎らの浮世絵技法を

「マネ」て、自分のスキルに活かしました。

 

 

エドゥアール・マネは、

浮世絵の平面的な画面

伝統的な西洋絵画のボリューム感を融合させた、

オランピア

 

 

 

 

 

クロード・モネは、

浮世絵の遠近法技術

伝統的な西洋の遠近法的空間表現

一緒に活用した「木の間越しの春」

 

 

 

 

 

 

ルノワールは、

浮世絵の明るい色調

伝統的な暗い色調を織り交ぜた

エミール・ゾラの肖像」

 

 

 

 

ゴッホは、

浮世絵のくっきりとした輪郭線

伝統的なぼんやりとした筆づかい

合体させた「ひまわり」

 

 

 

 

 

フランスの有名な巨匠たちは、

自分が今持っているスキルと、

外から得た技法や知識をマネて、

全く新しいものへと「変化」させていきました。

 

 

 

 

当時の数少ない画家たちは、

現代の常識から抜け出して、

 

全くことなるものをマネて、

自分のスキルとして吸収して、

新しいことへ変化させていきました。

 

 

 

その変化という新しいチャレンジは、

より自己を表現するものになりました。

 

 

 

多くの画家が、

画を通して自己表現することができてから、

それを鑑賞する貴族、庶民、

地位関係のない人々が感動し、

 

 

画を「アート」として視るのではなく、

画を「自分ごと」のように意識するようになりました。

 

 

一人一人が1つの画を鑑賞することで、

違った感じ方、捉え方が芽生えるようになり、

自分への内面をより意識するようになりました。

 

 

そして、

「自己の内面」が哲学、道徳、倫理学に反映されていきました。

 

 

フランス人は、

絵を買う習慣があります。

 

 

様々な絵画が、リビング、寝室、廊下に飾ってあります。

 

 

それは、

単なる「飾り」としておいているわけではないのです。

 

 

 

 

 

➖➖フランス文化と僕たちの現在(いま)➖➖

 

僕たちは、

当時の伝統的なフランス文化のような時代で

生きているのかもしれない。

 

 

先代の偉人たちが残した栄光を

今でもきちんと受け継いでいるのかもしれない。

 

 

栄光が創り上げた「常識」を

今でもしっかりと残しているのかもしれない。

 

 

そして、

伝統的な教育制度、働き方、

男女格差、組織・年齢序列、

社会の在り方、子育て、人間関係、

 

 

 

すべてが以前の「常識」に

凝り固まっているのかもしれない。

 

 

 

その「常識」が通用するのは、

実は現在(いま)だけなのかもしれない。

 

 

 

井の中の蛙状態。

 

 

 

新しいものに触れるのにためらい、

マネもせずに変化を拒む。

 

 

新しいものには触れ、

それをマネる一歩を踏み出すが、

自分の良さを忘れ、

完璧な「マネ」にはまってしまい、

変化が燃焼してしまう。

 

 

 

井の中の蛙が大海を知っても、

大海に飛び込むチャレンジをしない。

 

 

 

そんな現在(いま)が僕たちの時代だと、

僕は思います。

 

 

➖➖フランス画家も僕たちも結局は同じ➖➖

 

だから僕たちは、

自分の存在を近代化のフランス画家のように、

常識』を疑うことを恐れず、

 

自分の誇れる良さ

外から得た良さを組み合わせるべきだと思います。

 

 

その外から得たよさは、

海外だけではなく、

国内でも見つけることは可能です。

 

 

それは自分が好きなこと、

研究したいこと、将来につながること、

多種多様にあるのですから。

 

 

それが、「学び」だと思います。

 

 

ぜひ、『学び』を日常から非日常まで取り入れてみましょう。

 

 

そして、

学んで経験して、

自分で表現していきましょう。

 

 

自分を表現した先に、

自分の想いが鮮明になってきて、

自分の内面」に触れるときがくるかもしれないです。

 

 

 

その時は、

ぜひ触れ合ってみましょう。

 

 

 

それは、自分にとっての本当の『学び』になるかもしれません。

 

 

 

学び』って素敵ですよね;)

 

 

では、今日はこの辺で。

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました;)

 

 

 

 

 

➖➖おすすめ記事➖➖

 

 

才能に乏しかった少年が日本を変えちゃうお話

ぜひぜひ;)

👇👇👇 

kenken-world.hatenablog.com

 

 

 

けんけんのプロフィールはこちら
3分くらいで読めるのでぜひぜひ;))

👇👇👇 

kenken-world.hatenablog.com

 

 

 

 

読んで頂きありがとうございます!
ブログ村、応援して頂けると嬉しいです;)

👇👇👇

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
にほんブログ村

 

 

 

 

朝の混沌とした通勤ラッシュの中で見た小さくて大きな輝き

こんにちは。

けんけんです。

 

 

朝の通勤ラッシュ、

狭い都市部行きの長い箱の中に、

いろいろな感情を持った人が

缶詰のように押し込まれられています。

 

 

イライラしながらブツブツ言っている人、

目を閉じ地蔵かのように時を過ぎるの待つ人、

眼球を広げ、携帯のゲームに無我夢中な人、

 

 

あまり良い雰囲気とは言えない中、

僕はある小さな輝きを目にしました。

 

 

人ごみの中で潰されそうにされながら、

本を楽しそうに読んでいる

小学生の男の子です。

 

 

混沌とした空間の中で、

彼は楽しそうに本をめくってはめくって

時々、うんうん、と頷いていました。

 

 

 

あ、考え方次第だな。

 

 

 

そう思いました。

 

 

 

 

どんな環境においても、

楽しめる人はその場を楽しみ、

辛いと思っている人は、

その場を否定的に見ます。

 

 

同じ空間、同じ匂い、

同じ時間をともにしているにも関わらず、

人の発するエネルギーは違います。

 

 

エネルギーの根源は、

その人の『』のあり方。

 

 

心が豊かであれば

目の前に起こっていることを

肯定的に捉えることができます。

 

 

その場を肯定的に考えると、

新たな視点が見えます。

 

 

外の風景、

中吊りの広告、

駅のホーム、

 

 

すべてが美しいと感じます。

 

 

 

天気が良ければ、

外に見えるものは

カラフルな建物、

 

 

広告をみれば、

自分が知らなかった

新しい発見ができ、

 

 

町並みを見れば、

人の生の多さに気づきます。

 

 

平和だからこそ、

今の生活が与えられています。

 

 

平和だからこそ、

美味しいものを食べられ、

綺麗な服を着ることができます。

 

 

平和だからこそ、

自由な考え、

自由な行動ができます。

 

 

 

視点を少しずらすだけで、

こうも見える世界が違います。

 

 

大きい人たちから覆われている中で、

あの少年がその『事実』を考えもせず、

目の前の本に夢中になって、

愉しそうに心を弾ませている。

 

 

カオスな場所だからこそ、

暗い環境だからこそ、

重い雰囲気だからこそ、

 

 

心の灯火をあげようじゃないか。

 

 

そんな日常のすべてが

ワクワクするような

子供みたいな大人になっていこうじゃないか。

 

 

 

そんな大人が今後もどんどん増えていけばいいな、

と思いました。

 

 

 

僕たちは、

子どもに「教える」のではなく、

子どもから『教わる』ことがたくさんあると思うので。

 

 

 

 

日々の生活は、視点を変えれば学びがありますね;)

 

 

今日はそんなブログでした。

 

 

ぜひ、共感していただけたら、

いいね、コメントして頂けたら嬉しいです;)

 

 

 

今日はこの辺で。

 

 

 

➖➖おすすめ記事➖➖

 

 

けんけんのプロフィールはこちら
3分くらいで読めるのでぜひぜひ;))

👇👇👇 

kenken-world.hatenablog.com

 

 

 

 

読んで頂きありがとうございます!
ブログ村、応援して頂けると嬉しいです;)

👇👇👇

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
にほんブログ村

 

 

 

 

『鏡』に映し出されているあなたの『心』

こんにちは。

けんけんです。

 

 

今日は、

「心」について書きたいと思います。

 

 

 

僕たちが、

「心」とひとことで

くくっているこの言葉の意味するものは

つかみどころがなく深淵です。

 

 

 

 

僕が最近読んだ本、

自己を知るヨーガ』の冒頭で、

 

この「心」について

わかりやすく説明されています。

 

 

 

僕たちは

自分の顔を見るために

鏡という道具をつかいます。

 

 

汚れのない

綺麗な鏡で見れば、

僕たちの顔は

そのままの姿で映り、

 

 

逆に、

その鏡が汚れていたり、

大きな傷がついていたら

 

鏡に映る顔も

歪んで見えます。

 

 

 

 

 

ここでいう

鏡とはなんでしょうか?

 

 

それが僕たちの

「心」だと僕は思います。

 

 

 

『自己を知るヨーガ』

にはこう書かれています。

 

 

われわれは本当の<自分>を見るために、

きれいに澄んだ静かな心をもたなければならない。

 

われわれの中には、鏡をいつもきれいに保ち、

自分が美しいとうことを知っている人もいる。

 

また、埃をぬぐわない人もいる。

 

それを曲げたり、壊したりする人もいる。

 

 

 

 

綺麗な心で見れば、

本当の自分を

正しく見ることができます。

 

 

乱れた心で見れば、

本当の自分は隠れてしまい、

やがて偽りの自分を

本当の自分と思い込むようになります。

 

 



 

 

 

僕たちは

汚れた鏡のなかに映る自分の顔が

汚くても歪んでいても、

 

けっして

驚いたりはしないです。

 

 

 

なぜなら、

それは鏡のほうに問題がある、

ということを自分自身で

納得させようとするからです。

 

 

 

 

そして、

 

 

自分は美しくない・・・

 

自分のことが嫌い・・・

 

自分を変えたい・・・



そんなふうに、

心に映る自分については、

 

心のほうに『問題』がある

とは思わないのです。

 

 

 

 

だから人は、

心のほうではなく、

自分の外側のほうを変えようとします。

 

 

経済力をつけようとしたり、

 

権力を得ようとしたり、

 

モテようとしたり、

 

ブランド品で身を固めようとしたり、

 

高級車を乗り回したり、

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

どれだけ外側を

立派に見せたり、

ひとに好かれるように見せたり、

富を得たりしたとしても、

 

心に映る自分自身の姿は

変わりません。

 

 

僕たちが

変えるべきなのは、

自分の外側にはなく、

自分の内面を磨くこと。

 

 

 

心を正しく扱えるようになる

必要があること。

 

 

 

だから、

僕たちは心のトレーニングを

追求する必要があると思います。

 

 

心というこの曖昧なものを

理解し扱えるようになることで、

 

 

外側世界の

事象に、大きく翻弄されることや

激しく動揺すること、

 

気分に支配されるということが

確実になくなります。

 

 

なぜなら、

自分で心を律せることができるからです。

 

 

 

心に支配されたまま、

物質的な悩みに

思い悩みつづける次元を超え、

 

 

本来のビジョンを実現することに、

才能と情熱とエネルギーを

注力することができるようになります。

 

 

 

それが、

夢中だったり、

寝る間も惜しんで

打ち込むものだったり、

 

それをやってい自分が

子供のようにワクワクして、

笑顔になっていたり。

 

 

 

心の探求は深淵でつかみどころがなくてとても面白い。

 

 

 

では今日はこの辺で。

 

 

 

 

➖➖おすすめ記事➖➖

 

 

けんけんのプロフィールはこちら
3分くらいで読めるのでぜひぜひ;))

👇👇👇 

kenken-world.hatenablog.com

 

 

 

 

読んで頂きありがとうございます!
ブログ村、応援して頂けると嬉しいです;)

👇👇👇

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
にほんブログ村

 

 

 

 

才能に乏しかった少年はどうやって夢を叶えることができたのか?

ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。
世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。
だから、今、ぼくはガンバッている。
今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。
そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。
カップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。
そしてレギュラーになって10番で活躍します。
一年間の給料は40億円はほしいです。
プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、世界中の人が、このぼくが作ったスパイクやジャンバーを買って行ってくれることを夢みている。
一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。
セリエAで活躍しているぼくは、日本に帰りミーティングをし10番をもらってチームの看板です。
ブラジルと決勝戦をし2対1でブラジルを破りたいです。
この得点も兄と力を合わせ、世界の強ゴウをうまくかわし、いいパスをだし合って得点を入れることが、ぼくの夢です。

 

 

その少年は、世界一のサッカー選手になるという夢をもっていた。


夢に向かって必死に努力し、何とかガンバ大阪のジュニアユースのチームへ入団することが出来きた。

しかしチームには才能あふれる選手が多く、少年はその中ではレギュラー外。
高校へと上がる時に、少年に厳しい現実が突きつけられる。


ユースへの昇格が認められなかったこと。


将来プロのサッカー選手になるための近道として、プロチームのユースという将来プロになるであろう青年の育成を目的とする場所から上がっていくのが順当なルート。

しかし、才能の乏しかった彼は、ユースへ入ることが出来なかった。

 

ここで多くの人が諦める。

 

俺には無理だ。才能がない。実力もない。技術もない。

しかし、彼はあきらめなかった。

高校の部活動からプロへと入っていく道を模索する。

自分自身のことをサッカーが下手だと辞任する少年が書いた有名な卒業文集がある。

 

 

ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。
世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。
だから、今、ぼくはガンバッている。
今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。
そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。
カップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。
そしてレギュラーになって10番で活躍します。
一年間の給料は40億円はほしいです。
プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、世界中の人が、このぼくが作ったスパイクやジャンバーを買って行ってくれることを夢みている。
一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。
セリエAで活躍しているぼくは、日本に帰りミーティングをし10番をもらってチームの看板です。
ブラジルと決勝戦をし2対1でブラジルを破りたいです。
この得点も兄と力を合わせ、世界の強ゴウをうまくかわし、いいパスをだし合って得点を入れることが、ぼくの夢です。

 

 
そうです。
本田圭祐さんです。
 
 
 
 
そして、彼は夢が叶いました。
 
 
子供時代の挫折から諦めず努力を続けた結果、
日本代表のエースとACミランの背番号10にまでたどり着きました。


明確に夢を思い描き、
それが現実を引き寄せる力もさることながら、
諦めずに努力も欠かせませんでした。


そして自分だけの願いではなく、
親孝行をしたい、周りの人の幸せをも願った夢も持っていました。
 
 
 
現在の彼は、
プロサッカー選手であり、サッカーの監督であり、
事業家であり、投資家であり、
教育者であり、一人の父親でもあります。
 
 
 
現在、
サッカー以外で多種多様な分野で活躍されています。
 
 
なぜ、彼はサッカー以外のことまで幅広く挑戦しているのか。
 
 
 
それは、
サッカーをやり続けたから』です。
 
 
 
サッカーで頂点を目指して、
ACミランという世界の強豪チームで約2年間プレーして、
サッカーという『分野』で一流になったから、
サッカー以外のことも挑戦し続けているのです。
 
 
 
『一流』になることは、

闇夜に針の穴を通すくらい困難です。

 

 

 

時間がいくらあっても一流になることは極めて難しいです。

 

 

 

しかし、

一流に『触れる』ことはできます。

 

 

そして、それは人だけではなく、

『モノ』や『情報』も同じことが言えます。

 

 

その一流に触れることは、実は案外簡単なのです。

 

 

それは一流の人の試合、ライブ、パフォーマンスを肌で感じたり、

世界中で語り継がれている一流の書物を手にとってみたり、

実際に出会った一流の人の話を聞きにいったり、

 

 

五感を通じて触れることができます。

 

 

 
それは日本だけでなく、
世界中でも同じことが言えます。
 
 
 
一流の文化人を見る、
一流の建造物を見る、
一流のパフォーマンスを見る、
 
 
すべては同じです。
 
 
一流が残した功績は時代が経っても語り継がれます。
 
 
そして、多くの人の心に刻まれていくのです。
 
 
刻まれていったものはやがて『言葉』となって
広まっていき、
親から子へ受け継がれていきます。
 
 
受け継がれた子供はやがて夢を持ち、
その夢を叶えるレールを創りあげていきます。
 
 
 
僕たちは、一流に『触れる』ことができます。
 
 
『触れる』経験をどんどん増やしていきましょう。
 
 
それは書物でもいいですし、絵画でもいいですし、
実際に足を運んで五感を研ぎ澄まして感じてみるのもいいです。
 
 
 
そこには、
新しい発見や学びが起こると思います。
 
 
 
 
 
翼のはえた勝利の女神、ニケ
 
ナイキの名前でモデルとなった彫刻です。
 
 
美術の教科書でしかみたことがないものを
実際に足を運んで感じとりにいきました。
 
 
 
思ったよりもとても大きく、
もともと頭、腕がなかったかのような
力感あふれる大理石彫刻。
 
 
 
彫刻という一流の「芸術」にふれて、
きめ細かに形作られている翼、
柔らかそうでまるで本物かのような布、
『美』を極めて『モノ』でした。
 
 
 
『彫刻』『絵画』『建築』は、
創作者自身の『想いの作品』だと思います。
 
 
そこには、
創作者自身の人柄、生活、バックグラウンド、
その時代の背景も感じとれることができます。
 
 
感じとった先に共感する部分、
エネルギーをもらえる部分、
心を踊らされる部分が心から湧き出てきます。
 
 
 
一流の「モノ」にふれ、
自分の感性や美学が豊かになっていき、
自然と日常の生活が鮮やかになっていきます。
 
 
 
ぜひ、『一流』にふれてみてください。
 
 
 
それは、きっとあなたをより素敵にしてくれます。
 
 
 
 
 
今日はこの辺で。
 
 
ありがとうございました;)
 
 

 

 

 

➖➖おすすめ記事➖➖

 

 

けんけんのプロフィールはこちら
3分くらいで読めるのでぜひぜひ;))

👇👇👇 

kenken-world.hatenablog.com

 

 

 

 

読んで頂きありがとうございます!
ブログ村、応援して頂けると嬉しいです;)

👇👇👇

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
にほんブログ村